二枚目 2/3
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 中里毅が赤城山で涼介に告白をし、袖にされた。
 赤城山に着いた早々、先に来ていた啓介がなぜか食ってかかっていたメンバーからその話を聞き、走り屋団体レッドサンズの創立者でありリーダーである赤城の白い彗星こと高橋涼介は、ことの顛末をすぐに察知した。
 一週間前妙義の走りや集団ナイトキッズのリーダーである中里毅は、涼介の写真を撮るために、インスタントカメラ片手に赤城山に現れた。事前に来訪を知らせてきた手の込みようの割にはお粗末な道具であったが、別段何の暴力的問題も起こらずに中里は涼介の写真を撮り終え、妙義へと戻って行った。
 その後涼介はその場の人間すべてに情報漏洩を禁じ、家に戻り昔使っていた父親譲りのカメラを手に取り、各部を点検しフィルムを入れ適当にシャッターを切ったのち、弟の啓介にそれを譲った。
「こんなご大層なもんで撮ったって仕方がないんだ」
 何でくれるんだよ、と言ってきた啓介に涼介は、己の本来求める被写体を思い出しながらそう言った。
「じゃあアニキは何を撮りたいんだ」
 何の他意もない目をした啓介に問われ、涼介は再びこの弟に重要な隠しごとはできない、と確信し、さあな、と笑った。
 その時ばかりは涼介もこのような事態になるとは予想していなかった。先に述べた通り涼介は中里の来訪に関する情報の漏洩を、その場にいた人間に固く禁じていたのだ。人間である以上失敗はつきものだが、常識をわきまえていれば吹聴するような事柄ではないと分かるはずだった。
 だが話は流れており、下手な伝言ゲームを繰り返したかのように随分な変遷すら遂げている。
 考えられる漏洩場所は妙義か赤城、二つに一つだ。しかし話が漏れて受けるダメージは中里側がより大きいことと、人数的な制約を考えれば、涼介側から漏れた可能性が高くなる。
 そのメンバーが涼介に話をしている間に再びいきり立った啓介が、そのメンバーへ凄むことを、だから涼介は止めなかった。結果、啓介に容赦なく詰め寄られたそのメンバーは、自分は中里が来たことと涼介の写真を撮っていったことを言っただけだ、とうっかり自白し、漏洩場所が赤城であることが決定的となった。
 よって涼介には、監督不行き届きの責任がかかる。そして涼介は己に降りかかるいかなる責任をも果たす主義であった。
 啓介による感覚的な擬音と失敗への罵声が飛び交うマンツーマン講習をメンバーへ告げると、今度は啓介にチームの一通りを確認してから妙義へ向かうことを告げ、涼介は中里に連絡を入れるべきかと逡巡した。
 妙義山へ向かう理由としては無論監督不行き届きの責任を果たすためでもあるが、涼介が中里への個人的興味から接触を求めているためでもある。前者は噂が無実であるとしてその場の人間に言い放てばいいだけだから、中里が妙義山へいなくとも果たすことは可能だが、後者は中里と会わなければ話が始まらない。つまり中里と会う大義はない。
 涼介は連絡を入れないことにした。私的な目的のために公的な目的を利用することはためらわれたし、自分が中里と縁があるか否かを見極める良い機会だとも考えたからだ。
 一通りを終えた涼介は、妙義へ向かう車中、俺も実際のところ時間に余裕があるな、と思いながら、その奇抜な話を思い起こした。
 中里は元々涼介にゾッコンであり、エンペラー戦を見て思いが高まりついに一週間前赤城へと乗り込んだ。そこで思いの丈を言い募ったが、涼介に手ひどく断られ、最後の思い出として写真撮影を懇願した。
 どういう経緯を辿ればそこまで事実が捻じ曲がるものか。涼介は一種の感心すら覚える。
 涼介には片手で数えられる程度ではあるが同性に思いを寄せられた経験もあるし、中里は顔といい切符の良さといい体格といい、異性よりは同性の着目を集める傾向があると涼介は頷けた。
 だが、同性に性的興味を持つかという話となるとまた別だ。
 それを知らない人間が多すぎる。大体が、あの男が俺を想像してマスターベーションでもするというのか? ふざけるな、と涼介は滑らかにギアチェンジをしながらも不意に猛烈な怒りを覚えた。あの平凡な目を知らないのか。あの実直を絵に描いたような目を知らないのか。あの目が情欲に燃えたとしてもあの男が隠せるわけはない。俺にはすぐ分かるはずだ。それも分からない人間が口を出してくるなど笑止千番。俺があいつを想像してマスターベーションするならともかく、あいつが俺を思い描くわけがないんだ。
 涼介は赤信号を守った。その灯りが意味するところを思考上でも守った。信号が青へと変わり、車も涼介の思考も発進した。そして涼介は今さっき自分がした考えから導き出される疑問を反芻した。
 ならば、俺にはあいつを糧としての自慰行為が可能なのだろうか?
 今まで検討するどころか思いつかなかった考えであったため、涼介はそれを否定しようにも否定できなかった。結論を出すには試さなければならない。しかし運転中におっぱじめるわけにもいかないだろう。可能であるとは涼介もなかなか思わないが、もし何かの拍子で可能であったら生命が危ぶまれる。学問を修める者として生まれた好奇心は徹底的に育てるが、こんなことで死ぬのは御免だ、と思うくらいの常識も涼介にはあった。
 右前方に見えたコンビニを意識しながら、目の当たりにしたら推測できるようになるか、と涼介は軽く考えた。



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